■著 者■ -234- 4.6 直進加速と旋回に共通する傾向 衆多が「普通」と評価するシート仕様1は加速Gが抜け(1)田口玄一:田口玄一論説集<第三巻>,日本規格協会,おわりに Direction 4.5 旋回と腰仙の関節角度 Fig. 11 Joint angle of Lumbar Sac in Left and Right P413-438 (2012) 鐡本 雄一 ハンドルを回転させるために人間がどのように動く必要があるのかを考えた場合,着座姿勢を前提にすると骨盤を支点に上体を左右方向に回転させることが最も合理的となる人間の骨格に着目した。直進加速と同様に操作対象物に接している上腕の動きにはシートの仕様違いによる差異は確認できなかった。顕著な差異が確認できた腰仙関節角度について旋回開始から1.0秒間の時刻歴変化をFig. 11に示す。0.5秒以降の変遷に着目すると「普通」と言われるシート仕様1は,全域にわたり顕著な振幅が発生しているが,「良い」と言われるシート仕様2はなだらかな放物線を描いている。 た直後の姿勢と定常走行中の姿勢の差が大きく,衆多が「良い」と評価するシート仕様2は加速Gが抜けた直後の姿勢と定常走行中の姿勢の差が小さい傾向にある。初動域はシートを替えても,アクセルやハンドルの操作量に変化がないが人間の挙動に差異が発生していた。同一の目標であれば運動行動計画も同一となり,初動域における操作量も同一であった。足首角度の変化は同一だが,姿勢が崩れることで,アクセル踏み込み量に差異が発生し,車両の加速度が変化し狙いの加速度を得るために操作量の補正が入る。 切り返しにおける人間挙動の差異が最も顕著であった。初回の操舵による横Gによって崩された姿勢が定常走行中の姿勢に復帰する前に切り返しを行うため,窮屈な姿勢のまま反対方向からの横Gに耐えながら狙いの操舵量を達成することは容易ではないと考えられる。 コースや車両や人を固定し,直進加速と旋回といった走り方のみ変更し,人間の全身の姿勢変化を時刻歴で観察することで,直進加速や旋回が終了した時点に最小の運動エネルギーで定常走行中の姿勢に復帰できるように,直進加速や旋回による姿勢変化に備えて予備運動を行っていることが分かった。直進加速や旋回によって姿勢が崩されないようにバランスを取る中で,動かす部分と踏ん張る部分で役割分担を行っていることも分かった。加えて,被験者にヒヤリングした結果からも,直進加速や旋回が終わり,Gが抜けた時点で,定常走行中の姿勢に復帰できていることが望ましいとの知見を得た。 これらのことから,予備運動の方向と量を観察していると,どのように動こうとしているのかを推察可能であり,お客様がこう動かしたいと描いたイメージどおりに運転操作ができると,姿勢の補正量が小さくなることも解った。よって,姿勢の補正量を小さくする設計諸元を見つけることが「人間中心開発」の具体化になるとの方向性も得た。 本稿で紹介した事例は,直進加速と旋回といった車両を運転する際の基本的な人間の動作を観測対象とし,自動車試験場というクローズドされた環境下における基礎研究の範囲に留まる。しかし,ドアを開けて乗車もしくは荷物を積み込む等から始まる出発地点から目的地点までの間に行う一連の動作全てにおいても,共通して使える技術であり,分野を超えて全体像を描き網羅的かつ効率的に因果関係を解いて適正な方向性を示すMBDという手法を基礎技術開発に応用した事例でもある。 その一方で,ロボティクスの分野では統計学的な機械学習を用いて人間の運動行動計画を予測する技術の開発が進み,人間と協業するロボットが開発され実用化もされている。これらの技術と今回の試みによって得られた知見を連携し,車両を運転すればする程に適度に脳が活性化されて人間が元気になる。加齢などに伴う脳や身体の劣化の傾きも鈍化させる「人間中心開発」の具体化を加速させて,豊かな社会造りに貢献して行きたい。 德光 文広 マツダ技報 参考文献 No.36(2019)
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