マツダ技報 2021 No.38
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(2)モデルの妥当性検証 構築したモデルの妥当性,及び高次機能低下にともなう視認行動変化の仮説を検証するため,脳梗塞により高次機能障害(注意障害)を発症した患者のDS運転中の視認行動を分析した。実験は安全を考慮して定置型のDSを用いた。被験者には通常の運転タスクのみを行ってもらい,その際の視認行動を計測した。視線はTobii社製Glass2(サンプリングレート100Hz)を用いた。被験者は患者5名,健常者4名であった。走行環境は,カーブや交差点を含む単独走行や周辺他車両がいる標準的な市街地とし,1回の走行時間は被験者の負担を考慮して5分程度とした。解析は,走行環境を単独走行時,先行車存在時,駐車車両追い越し時(高リスク)の3つに分割し,走行環境ごとにサリエンシー指標とサッケード振幅を計算した。その結果をFig. 5に示す。 単独走行及び周辺車両がある状況では,患者群で有意にサリエンシー指標が大きい結果であった。これらの走行環境では,患者群は進行方向に加えて周辺の樹木等のサリエンシーが高い(目立つ)エリアを見る傾向があった。健常者群は周辺のサリエンシーが高いエリアの影響をあまり受けずに危険探索を適切に行っていたため,サリエンシー指標が患者に比べて小さかった。この理由に―93―]ged[edutilaS]-[CUA cyepma edaccaSil]ged[ egnA lacitreVl***00Fig. 3 Sensitivity Map of SaliencyFig. 4 Improved Saliency MapFig. 5 Confirmation Result of Visual BehaviorActual Values(b) Saccade AmplitudeTable 1 Result of Model AccuracyPositive(Patient)Positive (Patient)35.5%5.0%Negative (Control)10-10-30-20-101020Horizontal Angle [deg]10-1030-30-20-101020Horizontal Angle [deg]1.00.50.0[-]No otherNoother vehiclevehiclesPatiantsControls0.700.650.600.550.500.450.400.50.40.30.230OtherOtherHigh riskHigh risk scenescene(a) Saliency Indicatorvehicle existvehicleexist12.010.08.06.04.02.00.0No otherNoother vehiclevehiclesOtherOthervehicle existvehicleexistHigh riskHigh risk scenescenePatiantsControlsPredicted ValuesNegative(Control)14.5%45.0%高い箇所を赤色,低い箇所を青色で示している。 一方,トップダウン注意として,人は運転中にリスクとなる対象を見つけた場合,対象へ注意を向けつつその他の対象にも注意を残して周辺状況も含めて把握できるよう行動する。そのため,このようなリスクが一定以上高い走行環境においては,サッケード(素早い眼球運動)の振幅が一定以上の水準に保たれるという特性も考慮する必要がある。 以上より,体調急変の影響によってドライバーの高次機能が低下した場合,トップダウン注意の割合が減少してボトムアップ注意の影響が強まると想定され,サリエンシー指標の増加やサッケード振幅の減少が表れると仮定した。なお,リスクの高さは自動走行の経路生成でも応用されるリスクポテンシャル(Risk potential method,以下,RP)法(8)を用いて定量化した。ついて,高次機能が低下している患者はボトムアップ注意が有意になり,目立つ対象へ視線を向ける頻度が多くなったためだと考える。また,駐車車両を追い越す状況では患者群のサッケード振幅が有意に小さい結果(p=0.044<0.05)であった。健常者群では危険対象以外の周囲にも視線を向ける傾向があったのに対し,患者群では危険対象に視線が集中する傾向があった。患者群は注意障害の影響で複数の対象への注意配分が十分にできなかったためだと考える。以上より,構築した2つの視認行動モデルが想定していた走行環境において有効であることを確認できた。3.2 視認行動に基づく機能低下検知可能性確認 3.1節で得られた被験者のDS運転時のデータを用いて,注意障害患者群を体調急変による機能低下が生じている状態,健常者群を正常状態として機能低下検知ロジックの検証を行った。機能低下検知ロジックは3.1節で規定した2つの視認行動モデルにそれぞれ判定閾値を設け,注視箇所の顕著性が一定水準以上,あるいはリスク発生時のサッケード振幅が一定以下になる場合に検知するものとした。その結果,精度(True Positive+True Negative)は時間割合にして80.5%となり,全体的に精度よく検知できていることを確認した(Table 1)。患者群に対して未検知が生じたのは,直進走行時に進行方向とその周辺を注視した場合や周辺交通が少ない交差点右左折時に左右の安全確認を行っていた場合など適正に周辺を見ることができていた場合であった。一方,健常者群に対して誤検知が生じたのは,停車中に周囲の運転に関連のない風景を見た場合や自車進路に侵入しようとしているトラックを注視しサッケード振幅が減少した場合など危険対象の動静を把握するためにしばらく注視が持続した場合であった。

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