マツダ技報 2021 No.38
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―92―①②3. 視認行動による機能低下検知技術3.1 視認行動モデル構築と妥当性検証(1)視認行動モデル構築 人は注意を向けた個所に視線を向けると言われている(4)。注意には視覚刺激に受動的に注意が惹きつけられるボトムアップ注意と,目標刺激に能動的に注意を向けるトップダウン注意がある(5)。運転中は目立つ個所に向けられたボトムアップ注意と危険個所等の見るべき個所に向けるトップダウン注意が働き,最も多く注意を向けた個所に視線を向けると考えられる。 ボトムアップ注意として,人は目立つ対象に注意を引かれる特性をもつ。そのため,運転中の走行風景の顕著性(目立ち度合)の算出可能な方法のひとつであるIttiらのサリエンシーマップ(6)を基に,運転中の速度増加に伴い有効視野が感度低下する人間の特性(Fig. 3)を考慮した顕著性の指標(以下,サリエンシー指標)を検討した(7)(Fig. 4)。ここで,Fig. 3は感度が高い箇所を青色,低い箇所を赤色で示している。また,Fig. 4は顕著性がFig. 1 Mazda Co-Pilot Concept2. 検知のアプローチFig. 2 Driving Functions①Normalconditions①Driver drives responsiblyDriver②Driver cannot operate car normallyCar overrides the driver, drives to a safe place and stopsDriverDriver’sconditionInformationon roadconditionsDriver’sconditionInformationon roadconditionsAutomobileSocietyBack-upSysteminterpretinterpretAutomobileSocietyBack-upSystemVehicle informationAlways sensingActivatesVirtual DrivingVehicle informationAlways sensingActivatesinterpretVirtual Driving②Informationon roadconditionsInformationon roadconditionsDynamic objectStatic objectVehicle behaviorHigher order function(Look-ahead driving)Lower orderfunction(Perception-operation driving)Posture (hands, leg,head)Involuntary function(Biological reaction)Unableto driveステムのガイドラインを2018年に策定した。更に,意識消失に至らずとも運転に影響が出ている状態を早期に検知するための検知指標も2019年にガイドラインへ追加された。実際に体調起因事故原因の約3割を占め(2),年間約29万人が罹患する脳卒中では,視野障害や運動障害等で一部の運転機能が低下した状態で運転を継続し,最終的に事故に至った事例も報告されている(3)。以上より,ドライバーの意識消失をとらえることも重要だが,ドライバーの運転機能低下を早期に検知して事故の未然防止やドライバーの救命に努める必要があると考える。Mazda Co-Pilot Conceptでは意識消失による姿勢崩れに加え,運転不能の予兆となる運転に関する人の機能低下を,視認行動や運転操作等から検知し,いざという時は運転の主導権をドライバーから自動運転システムへ切り替えることで事故の未然防止やドライバーの救命の実現を目指している(Fig. 1)。本稿では,ドライバーの機能低下検知機能を実現するため,通常の視認行動や運転操作をモデル化し,そこからの逸脱より運転機能低下を検知できることを,後遺症をもつ脳卒中患者のドライビングシミュレータ(以下,DS)運転データで検証した結果,及び実走行環境への適用を検証した結果について紹介する。なお,本稿に結果を掲載している全ての実験は,マツダ(株)及び滋賀医科大学の協力先である近江温泉病院の倫理委員会の承認を得た上で,事前に被験者へ実験内容を書面にて説明し,インフォームドコンセントを得て実施した。 運転不能の予兆を検知するためには,脳卒中等の症状が運転機能に与える影響を理解する必要がある。運転の機能的側面に着目すると,物陰からの飛び出しに備えて徐行する等の予測的な運転を行う高次機能,道路に沿って車線を走行する等の低次機能,運転姿勢の保持等の不随意機能に大別できると考える(Fig. 2)。 疾患の種類やその症状,及び走行環境によって各機能にさまざまな影響が出ることが想定される。あらゆる走行環境で疾患による運転機能の低下をとらえるためには,機能低下により変化が現れる視認行動や運転操作などの意識的な行動変化,姿勢維持などの無意識的な反応変化などを用いた統合的な判定が有効である。しかし,原因疾患から人体が受ける影響はさまざまであるため,疾患ごとに運転特性変化を明らかにする必要がある。そこで,個別に検知方法を検討するのではなく, “通常運転からの逸脱”という観点でドライバーの機能低下を検知することとした。上記考えに基づいた運転機能低下検知の実現には,まず通常のドライバーの視認行動や運転操作を規定する必要がある。そのため,まずは人のメカニズムに基づいた視認行動モデルや運転操作モデルを規定し,これらからの逸脱としてドライバーの機能低下をとらえるアプローチをとる。本稿ではこのうち,高次機能と低次機能に関連する視認行動と運転操作のモデル化,及びそれらに基づく運転機能低下検知技術開発の取り組み状況について説明する。

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