マツダ技報2023
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―71―Fig. 1 Main Components of Rotary Engine2.1 HVOF溶射の特徴 HVOF溶射とは,プロピレン等の可燃ガスを高圧の酸素とともに溶射ガンのノズル内で燃焼させ,燃焼室の圧力を高めることで高速火炎(燃焼ジェット噴流)を発生させて,Cr3C2系サーメット材粒子を約マッハ2.0(約700m/s)の超音速でアルミ基材に衝突させることにより皮膜を形成する工法(2)である。Fig. 2に示すように溶射ガンを左右にオシレートさせながら複数層を重ねることにより,摺動面に数百 μmの厚さで硬質かつ緻密な皮膜を形成することができる(Fig. 3)。 この技術は主に航空宇宙産業等で,極めて高い耐摩耗性や耐熱性が要求される少量生産部品に適用されることが多く,自動車用の大物部品としては世界初の量産適用となる。Fig. 2 HVOF Spray on Side HousingFig. 3 Cross Section of HVOF Coating2.2 HVOF溶射技術の課題 アルミサイドハウジングへの量産適用においては,当初,摺動面に求められる機能(耐剥離性,耐摩耗性等)に対して,この新たな工法で得られる溶射皮膜が,どの程度の実力(マージン)をもっているかを明確に把握しきれていない状況であったため,要求機能の限界と品質の実力を一つ一つ見極めていく必要があった。そこで,摺動面に要求される機能,品質を満足するために必要な投資,コストをミニマムに抑えることをねらいに,前処理工程の要否を検証しつつ,機能限界を明確にした上で,量産工程の仕様を決めることとした。 本仕様を決める上で,溶射範囲が摺動面全体の広範囲になることから,溶射によるワークの変形や,後工程となる硬質溶射皮膜の仕上げ研削における生産性の悪化が懸念された。 本技術適用における生産性の課題と解決に向けての視点,及び取り組み項目を以下に記す。(1)量産工程(前処理)の仕様決定 一般的な溶射処理においては,溶射前に基材表面を脱脂洗浄し,ブラスト等で粗面化することにより,溶射皮膜と基材間の密着力を高める必要があるとされている。ただし,これらの影響度は材料の組合せや溶射条件によって異なると考えられるため,摺動面の要求機能を確保するために必要となる,各工程の仕様,要否を見極める。(2)商品機能の確保(機能限界の見極め) 皮膜の品質特性の中でも特に重要かつ量産での管理が難しいと考えられる密着強度について,そのメカニズムと影響要因を明確にすることにより,意図的に下限品を製作し,あえて耐久評価に供試することで,機能限界を見極める。(3)ワーク変形の抑制 溶射によるワークの変形メカニズムを明確にし,影響するパラメーターを適正に制御することにより,変形の最小化を図る。(4)皮膜の研削方式の決定 難削材である硬質皮膜を効率的に研削するため,溶射後の皮膜の表面粗さや被研削面の高さの変動(前加工精度,膜厚変動等を含む)にかかわらず,常に必要最小限の取り代で削る定量研削方式を確立する。2. HVOF溶射技術の適用課題 しかし,アルミは軽量である反面,材料硬度が低く,そのままサイドハウジングに使用すると,回転運動するローターに組み込まれたシール部材の摺動により削られて摩耗するため,摺動面としての機能を保持することができない。従って,アルミの摺動面に高い耐摩耗性を有する高硬度な材料をコーティングすることが必要不可欠となる。コーティングの工法としては,複合メッキ等,複数の表面硬化処理の耐久性を評価した結果,最も耐摩耗性が高く,かつ摺動抵抗や耐焼き付き性等にも優れた皮膜を形成できるCr3C2を主成分とするサーメット材をHVOF溶射する工法を選定(1)し,量産適用に向けた技術開発を行った。

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