MAZDA

MAZDA 100TH ANNIVERSARY

第14話
ロータリーの命をつないだ隠密作戦
継ぎ接ぎだらけの試作車

ロータリーエンジンを搭載する新型スポーツカーの開発を凍結する。

マツダにとって衝撃的な決定がなされた。マツダは1996年に正式にフォードの傘下に入り、本格的な経営再建を図るため、収益性のより高いフォードとの共同開発車種を優先せざるを得ない状況にあった。元来、趣味性の高いスポーツカーは販売台数が多く見込める車種ではない。スポーツカーにとって暗黒の時代を予感させる決定だった。とりわけスポーツカーが唯一の搭載車種となっていたロータリーエンジンは即、存続の危機に瀕することになる。

「それは絶対に容認できない!」

激しく憤った一人のエンジニアがいた。彼は学生時代に発売されたサバンナRX―7にとことん惚れ込み、その開発に携わりたい一心でマツダに入社した経緯を持つ。長年の夢を実現する究極の一台が、この新型スポーツカーとなるはずだった。ずっと情熱を注いできた彼には、開発凍結の知らせは悪夢以外の何物でもなかった。

彼はこの絶望的な状況を打破し、掛け替えのない夢を存続させるため、思い切った行動に出る。同じくロータリースポーツを愛して止まない仲間たちとともに、水面下での極秘開発を決意したのだ。自分たちの手で理想のスポーツカーの要素を織り込んだテスト車を仕立て、その素晴らしさを経営陣に直接感じてもらうことで、その商品価値、ひいてはプロジェクト存続の必要性をダイレクトに訴えかけようという作戦だ。収益性の議論はそれからでも遅くない。エンジニア生命をも賭けた、彼らの極秘プロジェクトはこうして始まったのだ。

ただし、凍結中のプロジェクトゆえ、表立った動きは全くできない。わずかな費用の捻出さえも憚られる。そこで彼らはまず、運転訓練用として使い古された一台のロードスターに目を付けた。試験場で保管されていたこの車両を入手し、自分たちが試作した新しいロータリーエンジンを搭載する改造を施すことにした。

秘密の作業はごく限られたメンバーが通常業務の枠外で行った。人目に付かない整備場を利用し、走行テストは深夜の時間帯に密かに行った。部品メーカーに協力を要請できないため、最低限の構成部品は自分たちで知恵を絞って製作した。

こうして並々ならぬ苦労の末に、秘密裏に一台の試作車が完成する。見た目は継ぎ接ぎだらけのみすぼらしい外観だが、そのクルマには魂が宿っていた。コンパクトなロータリーエンジンを限りなく低い位置に、限りなく車体の中央寄りに配置し、運動性能を極限まで研ぎ澄ませた渾身の一台だった。レスポンスの良い自然吸気エンジンも相まって、抜群のコーナリング性能と優れた操縦性を生み出すことに成功したのだ。

「これなら絶対に良さがわかるはず。乗ってくれさえすれば……」

その機会をどう実現するか、これが最大の難関だった。なにしろ開発を進めてはならないクルマだ。試乗評価の計画など存在しないし、話を持ちかける相手を間違えれば、叱責を受けるのは目に見えている。そこで思い浮かんだのは、当時、開発部門のトップにいたフォード出身の役員だった。元々レーサー志望だった彼はクルマの性能評価に積極的で、自ら開発車両に乗り込んで各車の試乗評価を行ってきた。「あの役員ならきっと、このクルマの価値を認めてくれるはずだ」。

彼らは8月のある日、三次のテストコースで開催された試乗評価イベントに狙いを定めた。もちろん、本来は別の開発車両のためのものだ。その場で、試乗を終えた開発担当役員を引き止め、自分たちが仕立てたテスト車をぜひドライブしてほしいと直訴したのだ。彼らのただならぬ雰囲気に押され、担当役員は試乗をOKしてくれた。運命のテスト走行が始まった。

お世辞にも綺麗とはいえない手づくりのクルマ。役員はやや戸惑いながらも興味津々といった面持ちでクルマに乗り込み、颯爽とコースに出ていった。乾いたロータリーサウンドを奏でながら、クルマはあっという間に視界から消え去っていく。微かな残響音から、アクセルを奥まで踏み込んでいることは明らかだった。

「頼むから、途中で止まったりするなよ……」

祈るような気持ちで佇む彼らの周囲を一時の静寂が包み込む。長い長い数分間だった。やがて、左手遠くから快音を響かせながらテスト車が姿を現した。運命の時が来た。すると、ロードスター改造車は彼らの目の前を勢いよく通り過ぎ、そのまま次の周回に入っていったのだ!彼はクルマの性能に少しでも不満があると早々にドライブを切り上げ、一周でクルマを降りてしまう男である。

「や、やったぞ……」

メンバーの熱い思いをのせたクルマは、不思議な輝きを放ちながら、極めて重要な意味をもつ、特別な二周目に入っていったのだ。もはや絶体絶命、完全に消えたと思われたロータリースポーツの灯が再び燃え上がる息吹を、彼らは万感の思いでかみしめた。

RX-エボルブとRX-8

1999年の東京モーターショーにて、ロータリ―エンジンの未来を託したコンセプトカー「RX-エボルブ」を発表。 翌年2000年のデトロイトショーでは、真っ赤なボディ色で登場。それから3年後の2003年1月、RX-8として発売しました。
RX-エボルブ(1999年)
RX-エボルブ(1999年)
RX-エボルブ(1999年)
RX-エボルブ(1999年)
RX-エボルブ(2000年)
RX-エボルブ(2000年)
RX-エボルブ(2000年)
RX-エボルブ(2000年)
RX-8(2003年)
RX-8(2003年)
RX-8(2003年)
RX-8(2003年)