年表で辿る百年史
第7章 バブル崩壊後の経営危機 ~ フォード社との協調による再出発
バブル崩壊により、国内市場の継続的成長を前提とした拡大戦略は一転して苦境に立たされ、マツダは深刻な経営危機に直面します。もはや戦略の再構築は不可避な状況となり、収益改善や業務効率化の緊急施策を打ち出しながら、資本提携先のフォードにも強く協力を求めていきます。1994年には副社長を含む常勤役員の増員を受入れ、国内販売チャネルの整理統合や一部商品のOEM調達化などで、経営の合理化を推進。そして1996年にはフォードの持ち株比率を33.4%に引き上げ、初の外国人社長が就任。以降4代にわたり、フォード出身社長の下で経営再建を進めていくことになります。ここでとくに重視されたのがブランド戦略でした。様々な国籍の自動車メーカーがひしめくフォードグループ内では、マツダの立ち位置や存在価値の明確化が急務となったのです。これが自らのブランドDNAを再確認する契機となり、マツダブランドの特色を表す様々な要素や規定が次々に具体化されていきました。
1993(平成5年)
5月
米国生産会社(AAI)の生産累計台数が100万台に到達
6月
フォード製「Bシリーズ・トラック」を北米で発売
9月
小型乗用車「ランティス」を発売
10月
普通乗用車「ユーノス800」を発売、世界初のミラーサイクルエンジンを搭載
日産自動車㈱と商用車の相互OEM供給に関する基本契約を締結
12月
フォードとの新しい戦略的協力関係構築を発表
1994(平成6年)
3月
防府工場の多品種混流モジュール組立システムが「大河内記念生産賞」を受賞
4月
バサースト12時間耐久レースで「アンフィニRX-7」が3年連続の総合優勝
5月
企業見学施設「マツダミュージアム」をオープン
6月
8代目「ファミリア」を発売、セダンと3ドアハッチバック「NEO」の2タイプ
8月
6代目「カペラ」を発売
9月
軽乗用車「AZ-ワゴン」を発売、スズキ㈱からのOEM供給車
10月
5代目「ファミリアバン」を発売、日産自動車㈱からのOEM供給車
11月
国内自動車メーカーで初めて「ISO9002」の認証を取得
1995(平成7年)
2月
「プロシード レバンテ」を発売、スズキ㈱からのOEM供給車
4月
自動車の生産累計台数が3,000万台に到達
5月
水素ロータリーエンジン車が運輸大臣認定を受け公道走行を開始
6月
「ボンゴフレンディ」を発売
10月
先進安全研究車「マツダASV」を開発
11月
3代目「キャロル」を発売
2代目「センティア」を発売
フォードと合弁でタイに生産会社「オートアライアンス(タイランド)社」(AAT)を設立
1996(平成8年)
3月
フォード製「マツダ121」を欧州で発売
4月
国内販売チャネル「アンフィニ」の名称を「マツダアンフィニ」に変更
「ユーノス」店を「マツダアンフィニ」店もしくは「マツダ店」に統合
インターネットにホームページを開設
5月
フォード社の持ち株比率を25%から33.4%に引き上げ
6月
国内自動車メーカーで初めて「ISO9001」の認証を取得
9代目社長にヘンリー D. G. ウォレスが就任
8月
ブランドイメージ向上を目的に「That's MAZDA」キャンペーンをスタート
小型乗用車「デミオ」を発売
11月
「デミオ/フェスティバミニワゴン」が「'96-'97RJCニューカーオブザイヤー」を受賞
12月
マツダデジタルイノベーション(MDI)に着手
1997(平成9年)
4月
新人事システムを導入
6月
新しいブランドシンボルを制定
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8月
7代目「カペラ」を発売
10月
北米の子会社を「MMA」に統合、事業活動上のビジネス名を「マツダ ノースアメリカン オペレーションズ」(MNAO)に
11月
10代目社長にジェームズ E.ミラーが就任
12月
燃料電池電気自動車「デミオFCEV」を開発
1998(平成10年)
1月
2代目「ロードスター」を発売
4月
国内販売チャネル「オートザム」の名称を「マツダオートザム」へ変更
商品開発の指針となるプロダクトフィロソフィーを制定
5月
電気自動車「ボンゴEV」を発売
6月
9代目「ファミリア」を発売
ベルギーの「MME」と「MPE」 を統合し、「マツダモーターヨーロッパG.m.b.H」(MME)を設立
7月
タイの生産会社(AAT)で小型ピックアップトラックの本格量産を開始
10月
4代目「キャロル」を発売、スズキ㈱からのOEM供給車に
軽乗用車「AZ-オフロード」を発売
1999(平成11年)
3月
軽乗用車「ラピュタ」を発売
4月
ブランドメッセージを「心を動かす新発想」へ
小型乗用車「プレマシー」を発売
6月
4代目「ボンゴ」(バン/トラック)を発売
三菱自動車工業㈱と小型商用車のOEM供給で合意
2代目「MPV」を発売
11月
新型エンジンシリーズのフォードとの共同開発、分業生産を発表
12月
11代目社長にマーク フィールズが就任
2000(平成12年)
1月
子会社・関係会社の間接業務統合を発表
6月
全ての国内生産拠点で「ISO14001」の認証を取得
5代目「タイタン」を発売
7月
「ロードスター」が"世界で最も多く生産された2人乗り小型オープンスポーツカー"としてギネスに認定
乗用車共通のブランドDNAを策定、商品づくりの指針を深化
8月
フォードとの共同開発車「トリビュート」を北米市場から発売
10月
1.5トン積み小型トラック「タイタンダッシュ」を発売
11月
中期経営計画「ミレニアムプラン」を発表